Thursday, September 24, 2009

発想力と日本の教育。

コレナガは記憶力が悪い。
小学校時代、中学校時代はもとより、
ほんの数年前、もっと言えば数週間前の出来事も些細なものであれば忘れてしまう。
我ながら情けない。

ただ、同時に感じることはインターネット時代において
人間の記憶力の重要度は日に日に低下しているのでは、とも前向きに(笑)思う。

もちろん、個人的な思い出に関しては検索をしてひっかかるなんてことはほとんどないのだろうけれど、
それ以外のことであれば、大抵のことは検索をすれば間違いなく明らかになる。
それが正しいかどうか、という議論はさておき、
人間の記憶(=データベース)はインターネット上にある程度格納しておけるのだ。

だから何かを成していくときには、
「あれ?あんなことがあったよね?応用できそうじゃないか?」
「これとあれはつなげるんじゃないか?」
という曖昧な記憶を前提とした発想力が何よりも大事になる。

だから、これからの時代を生きる人間の重要な能力としては、
記憶力<発想力
なのだと間違いなく思う。
それこそが人間がインターネットよりも優れた部分だからである。

発想力は一朝一夕に生まれるものではない。
小さい頃からの日々のトレーニングが何よりも重要だ。
例えば、よく置き換えられる計算式の話では、
  • 2+3=?
  • ?+3=5
  • ?+?=5
最上部を一生懸命やるのが日本の教育で、
全てをまんべんなく行うのが一般的な海外の教育だ。
自由な発想を生むためにはどちらがいいかは一目瞭然である。

翻って急激な少子化へと進行していく日本社会。
このままでは日本は世界に飲み込まれていく。
交渉力や政治力を持たず、ただただ八方美人の姿勢では、
お金があるうちは良いが、いざ経済力が衰えたときにはそっぽを向かれてしまう。
そしてその時代はもうすぐそこまで来ている。

子供たち一人一人が現在以上に世界と伍していかなくてはならない時代も同時にやってくる。
逆に言えば今の我々が彼らをそのレベルまで育てなくてはならない。
学業だけの問題ではない(もちろん、とても重要だが)。
どの分野においても堂々と世界と渡り合える人材を作らなくてはならない。
多くの日本人が欠けている「自信」を植え付けるための教育が何よりも大事になる。
そして「自信」は個々の成功体験でのみ培われる。

と、そこで教育現場を見れば、
徒競走のスタート地点を子供たちの能力ごとに変えたり、
全国統一テストを廃止したり、と、逆行しているとしか思えない。
どうやって子供たちは自信をつけていけばいいのだろうか。

端的に言えば、その一つ一つの場所で勝ち負けがあっても構わないと思う。
何故ならば、どうせ社会に出れば過酷な競争が待ち構えているから。
大事なのは子供たち一人一人がそれぞれに「勝てる」環境を作ってあげることなのだと思う。

今、今後の日本を軌道修正できるのは、我々しかいない。
ビジネスや政治だけでなく、教育という国を支える大きな柱を日本列島に打ち付けることで、
表層的な経済的な優位性「だけ」という年々明らかになっている一面だけでなく、
今度は本当の意味で日本が世界をリードできる立場になれるのだと思う。
宗教にとらわれないことや地理的条件など、
特殊な環境に置かれている日本にしかできないことが、確実にある。


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