Tuesday, October 27, 2009

冬のサッカー観戦。

昨年から「一年中30度以上の国で好きなだけサッカーを見る」
という滅多にできない経験をさせてもらっているのだけれど、
どうにもこうにも冬のサッカー観戦が懐かしくなる。
特に、月の数字が増えれば増えるほど。
そして、真夏の試合よりも真冬の試合の方がどうも記憶に残る。


たとえば、カンプノウ。
世界最高のエンターテイメントを、見る。
20分前に着席。
タバコの煙を鼻先に感じながら、徐々に黒々としていくスタンドを嬉々として眺める。
選手紹介で簡単に喉の調整を行った後、イムノを高らかに謡い上げる。
「なぜ日本人なのに?」と問われれば、確かに我がミーハーさに顔を赤く染める。
だが、これは儀式だ。
教会でそこにいながら賛美歌を歌わない輩は何とも滑稽に見えるだろう。

たとえば、市原臨海。
高校生たちの熱い魂を、見る。
市原臨海のトラックにペタリと座り、スパイクが芝を削る音の聞こえる距離で身を固める。
日が差そうが差さなかろうが、どちらにしても極寒だ。
寒さで動かなくなった人差し指を何とか動かしながらシャッターを切る。
さらにそのアカギレだらけの指でペンを握り、高校生たちのハートを書き留める。
涙を流しながら賭けた熱い想いを聞いていると、固まった関節がほろりほろりとほどけていく。
若者の美しさ、極まれり。

たとえば、国立。
新鮮な人々を、見る。
「一年の計は元旦にあり」ということで神宮前から歩いて国立へ。
途中の屋台で焼き芋など頬張りながら、国立へ向かう人々の晴れがましい顔を眺める。
サッカーを見に来たつもりだったが、行き交う人々の新鮮な表情を求めてきた自分に気づく。
そのうちに試合結果などどうでもよくなって、
互いのチームの素晴らしいパスや鋭いシュートにのけぞれるだけのけぞる。
そしてホイッスルが鳴った後、元旦の気温を思い出しながら、何となくニヤリとする。


組み込まれているDNA。
やっぱり、寒さがあるから、熱さを感じるのだ。


週刊サッカーマガジン増刊 高校サッカー県予選展望号 2009年 11/10号 [雑誌]
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