Monday, June 21, 2010

ニュージーランドファンに勝手に想う。

ニュージーランド(FIFAランキング78位)vsイタリア(同)。
勝利に等しい引き分けだ。
美しい!スバラシイ!

試合直後につぶやいたのだけれど、
ここの会場に行ったNZファンは一生この試合を忘れないでしょ。またサッカー観に行くでしょ。「すげえんだぜ!オレたちの代表は!」って友達誘って。この繰り返しが文化を作る。興奮が感動を呼んで、輪になってファンが拡大する。やっぱ「大国相手に勝つ」という のは最も興奮を呼ぶ近道だ。
だと思う。
すっごい感動しただろうなあ…。
あの瞬間はニュージーランド人になりたかった 笑
で、イタリア戦が歴史的契機になってNZサッカーが発展するということは十分にあり得る。
他国のいちサッカーファンとしてもそれに越したことはないと思うし、
こうやって文化とか歴史とかが作られていくのだなあ、と改めて感じた。

この後ちょっと考えたのだけれど、
ごくごくシンプルな話、人々はサッカーに「エモーショナル」を求めているんだなあ、と。
感動と、興奮。
ときには大国相手に必死で掴んだ勝点かもしれないし、
ときには小気味良い芸術的なパス回しで崩した得点かもしれない。
本当のところは勝ったり良いプレーをしたことだけに感動するわけではなく、
ロスタイムでの悲劇的な敗戦なんてのも大きく心を動かされる。
(ドーハの悲劇なんて最たる例だ)

書いてしまうと当たり前すぎてアレなんだけど… 笑

だからカメルーン戦の勝利の後、
  • 勝ったから最高
  • つまらないから意味がない
と意見が分かれるのも必然。
人によって「感動」へのアプローチや価値観は違うので。
というか議論を交わすのも「エモーショナル」な活動なのであって。
でもこの議論の導火線となったのはカメルーンという「強国に対する勝利」なのであって。
つまり、「予測に対する裏切り」という事象。
ということは、やっぱり日本がサッカーでの発展途上国であるうちは、
「強国に対する勝利」がたくさんの人々を巻き込んでいく(=お金を生む)ことになる。
(ここでは端折るけれど、お金が入ってこなければ強くならないのは明白)

逆を考えたら、例えばもしも来年あたり「日本がシンガポールに惨敗」みたいなことが起こったら、
(暴れちゃうくらい)「エモーショナル」になるでしょ?
当然勝つだろうという予測に対し、まさかの大敗という大いなる裏切り。
まあ、さすがにシンガポールに0-5とかで負けたら暴れるよなあ 笑


かなり端折ったけれど、
やっぱりデンマークに勝つことがもっとも人々を感動させること。
つまりは日本サッカーが強くなることへの近道だ。


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