Wednesday, June 30, 2010

ニッポンらしいサッカー。

120分間の激戦からまだ24時間も経っていないはずなのだが、もう随分前のように感じる。
二日酔いの体だけがまだ何となく戦いを思い出させてくれるけれど、
何でだろう、ちょっと昔の話みたいだ。

Jリーグの誕生により本格的にサッカーの歴史が始まってまだ20年足らず。
そろそろJリーグ開幕のときに生まれていない選手たちがJリーガーとなる時期だから、ようやく一巡。
とにかくまだまだ「ニッポンらしいサッカー」なんてものは見えてこなくたって全然構わないと思う。
よちよち歩きからようやくしっかりと地に足を着けて歩き始めたくらいだろうから。

ここでも書いたように、今大会の日本代表には「タマゴ(結果)」が必要だったと思う。
Jリーグが立ち上がり、ドーハの悲劇があり、ジョホールバルの歓喜。
そして初出場。さらには自国開催でのベスト16。
日本サッカーの歴史は数々のドラマに彩られながら足早に、そして悲喜こもごもに作り上げられてきた。

そんな流れの中で(おそらく)史上最高のメンバーを揃えた2006ワールドカップでの惨敗。
これが順調すぎた日本サッカー界の歩を緩めた。
楽観していたわけではないだろうが、周囲が勝手にサッカーをナメてしまった。
そして、取り巻く環境が極めて厳しくなった。
無論、この敗戦が全てではないことは十分に承知しているが、
相次ぐサッカー雑誌の廃刊やTVからサッカーが消えていってしまった要因の大きな部分を占めるはずだ。
(しかしこれも日本サッカー界の輝かしい歴史の一部となる、はずだ)

だから、今大会で必要なのは一も二もなく勝利だった。
以前(「何のためにサッカーをするんだろう」)書いたけれど、

「こういうサッカーがいいよね」
「日本人の国民性に合うスタイルってこうだよね」論の前に、
現在の日本代表の世界でのポジションってどれ くらいなんだろう、って考えなければならない。
なぜなら、サッカーは相手があるスポーツだから。
そして現在はサッカー先進国ではない日本 は、
まだまだ何としてでも勝利を目指さなくてはならない時期だと確信している。
聞き心地の良いオシャレな戦術論を語っているタイミングで はない。
アトランタ五輪でのブラジル戦のように、
選手一人一人がシャツを泥だらけにしてぶっ倒されながらも何度も何度も相手に向かってい く気持ち。
それを出し切った上で、勝てるかどうか。
今の日本はそういうレベルだと思っている。
ということだと強く確信していた。

そもそもワールドカップでは結果しか求められていないし、
1年中チームでのトレーニングができない代表チームでは綿密なチーム戦術など突き詰めようがない。
表層的なエンターテイメントを犠牲にして相手の長所をひたすらに消すという、
いわゆる弱者の戦術へと切り替え勝利への最短距離を突き進んで、
そして自国開催以外でのベスト16という史上初めての歴史を作った。
100点満点である。

今回の結果は世界の中での自分たちのポジションを知るためにも、
貴重なベンチマークとなるはずだ。
「こういう戦い方をすればここまでは行ける」、と。
ではこれ以上を目指すときに何が必要なのか。
ヒントは内容でも圧倒したデンマーク戦にあるように思える。
(デンマークが攻めに出てこなくてはならなかったという状況を踏まえても)
再びFIFA公式動画サイトより。
チャンスと見るや人数をかけて速い攻めに転じるケースが明らかに増えた。
前に走りパス コースを作り、チャンスを決定機までつなげていた。
ピッチをアグレッシブに走り回り、相互関係の中でポジションを自在に動かしていく。
気がつけば、以前から言われていた「ニッポンらしいサッカー」、
すなわち、敏捷性や組織力を生かしたサッカーに自然となっていた。
相手の長所を消しているだけのチームではなくなっていた。
カメルーン戦での勝利、オランダ戦での健闘が自信となり、
自分たちの本来持つチカラ、スタイルを知らず実現させたのではないか。
(「負ければ終わり」の決勝トーナメントでは精神的な重圧が大きかったのか、
手放しで賞賛できるほどのプレーではなかった。願わくばもっとアグレッシブに…)

だから、「ニッポンらしいサッカーはこうだ」と決めてかかるのはちょっと違う話なんじゃないか、と。
こういう経験を経て結果を得て自信をつけることができれば、
「ニッポンらしいサッカー」は自然と芽吹く。
そして、芽吹いたカタチを研ぎ澄ますことによって歴史が紡がれ、
それが「ニッポンらしいサッカー」を確立することへとつながっていくはずだ。
そういう順序だと思う。
焦ることはない。まだまだ歴史は浅い。

他国も「これがウチのサッカーだ!」というアイデンティティを確立している方が
少数派(例えばメキシコやイタリア)であり、
実際にはほとんどの国のサッカーが
メンバーの特性や監督の考え方で大きく変わる(例えばブラジルやアルゼンチン)。

だから、極論すれば勝てるのであれば「○○らしいサッカー」など必要ないのだけれど、
身体的・精神的に「向いているサッカー」というのは存在するはずで、
多分それが一番ムリがないわけで、最終的には最も結果を残せるというのも一理あると思う。

「ニッポンらしいサッカー」を作り上げるためには、何よりも今回のような大きな経験が必要だ。
つまり、真剣勝負の場を数多く作ること。
これは地理的に恵まれているとは言えない日本サッカー界の深刻な課題である。
今後4年間で解決することができれば不足している経験値を大幅に高めることができ、
ベスト4だって夢ではない、と思っている。


最後に、岡田監督。
各方面から評価も高く世界的な実績のあるオシム監督が倒れ、
ハッキリ言って非常にやりづらいタイミングでの監督就任。
リスクしかない。
誰にだって受けられる話じゃない。
その時点で腹をくくった岡田監督の覚悟がこの歴史を作ったと言っても大げさではないんじゃなかろうか。
ありがとうございました。


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「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理サイモン・クーパー ステファン・シマンスキー 森田浩之

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