Sunday, September 01, 2013

アルビレックス新潟バルセロナ誕生秘話。

明日、9月2日からアルビレックス新潟バルセロナがいよいよ始まる。外務省の日本スペイン友好400周年記念事業プロジェクトに選ばれたこともあり、かつ、今後の取材の予定などもいただいているので、皆さまの目に触れることも増えてくるかもしれない。ぜひ、今後ともご注目を。

さて、スタートが明日に控えているので、「なぜアルビレックス新潟バルセロナができたのか」という(聞けば何てこともないのだけれど)「秘話」のようなものを書き連ねてみたい。

2011年4月にバルセロナに出張に来た時、エマ(日本人♂)に会いにマドリードに行ったことからストーリーは始まる。エマとは日本にいるときに2〜3年一緒に働いていた関係。コレナガの働いていた部署に新入社員として入ってきた。そして入社当日には既に「不思議系でしかも挙動が妙にクネっとした実に不審な若者」という、輝かしいレッテルを全社員から貼られていた。

その後しばらくしてスタートした某ラジオでアシスタントが必要になったのだが、「クネっとしていて面白そう」という理由で、エマにお願いした。そして期待通りそのラジオで「ディレクターのエマ」として、笑い声をメインに出演。ときどきやらかす大チョンボと変に裏返った笑い声で、我々のレッテルの正しさを全世界に向けて発信してくれていた。同時に、この某ラジオで一緒に時間を過ごすことで、エマのステキな部分を徐々に見つけた(無論、恋ではない)。

そんなエマではあったのだが、コレナガがシンガポールに旅立った後、突如会社を辞め、言語も右も左も分からないスペインに無防備に飛び込んだ。聞けば「スペインでサッカーライターになるんです」と言う。そもそも当時は日本語さえ危うかったので、周囲の人間のほとんどが反対したはずだ。ところがエマはそんな評判などどこ吹く風で、語学学校に通いながらも勉強に勉強を重ね、驚くべきことにライターの仕事を次々に取っていった。今はGoal.comで書いているし、WOWOWにも出演したり、最近はMARCAにも寄稿したり写真が使われているらしいという、いつの間にかスペインで売れっ子先生(言い過ぎた)になった。もうこれは天賦の才としか言いようのない素晴らしさ。悔しいけれど、少しだけ尊敬している。

そんなエマが、数年ぶりに会ったコレナガに、ビールの泡で口元を汚しながら、ふと呟いた。
「日本人だけでチーム作って、現地のリーグ戦に参戦しようとしている人がいるんですよね」

「ほほう。」
この瞬間に覚悟というか何というか、ピンと来た。

それから再びマドリードに行ってエマにお世話になり、留学会社、語学学校、リーガ・エスパニョーラのクラブや観光局などなど関連会社や団体などに会いに行ったりして、ある程度、概要と方向性と勝算が見えてきた。そして、コレナガのライフワークである「世界で堂々と戦う若い日本人の育成」にも完璧につなげることができることができた。

確信した。
やれるぞ。

と、ここまで読んで薄々お気づきかもしれないが、衝撃の告白をしてしまう。
実は、この時点ではスタートするのは、「アルビレックス新潟マドリード」だったのだ。
どーん。

ただ、である。準備が進む中でひたすらに葛藤したのは「マドリードでいいのか?」ということだ。コレナガのようなバルセロニスタで、好きで好きでたまらないからバルサと仕事を作っちゃったような人間が、
「なぜ、なぜ、なぜ、マドリードでビジネスをしなければならんのか!」
と、憤怒に似た感情が巻き起こった結果、気がついてしまった――。

「あ、バルセロナでやればいいじゃん」
一瞬で、解決した。

色々手伝ってくれたエマ、すまん。


このような偶然のような必然のようなよく分からない展開で、アルビレックス新潟バルセロナは始まった。

エマとコレナガが出会ってなかったら、始まらなかった。
エマがマドリードにいなかったら、始まらなかった。
いや、それ以前にエマがクネクネしていなかったら、始まらなかった。

つくづく、縁というのは不思議なものだ。


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